お買物のはなし・新旧おりまぜスローにやります

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2011年12月1日

明日もコンサート

あれあれ、もう12月1日です。

11月はいろんなことが重なってもの凄く忙しくて、寝る暇も食べる時間もない日が続きました。そんな中で19日にはウィンウッドとクラプトンのコンサートに行きました。そのときのことブログに書く暇もありませんでした。(zazzleのことなど書くのが簡単ですが、ライブとなると大変で、書きかけのままなのです。)他の人達は体験や思いの丈などたくさん書いているのだろうと思いつつ、あっという間に11日が過ぎてしまいました。2日の金曜日に今度は武道館へ聞きに行くのですが、ああもういろんな事がごちゃまぜで、わけがわからない状態です。でもいい時間を過ごせたらと思います。

2009年2月17日

管楽コンサート@パルテノン多摩



Iさんは旧友のIの生物部の後輩であることから私も知り合いの中に入れてもらっています。長野の自然の中で人も羨む自給自足の生活を営んでいますが、実はご夫婦ともフルート演奏家であり、一人息子のRくんも音大でフルートを専攻する音楽一家です。今日はパルテノン多摩の小ホールで、そのRくんのコンサートがありました。音大生を中心に11名による管楽器の。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、それにピアノとマリンバという珍しい組み合わせで、準備に1年をかけたそうです。

こういうコンサートが好きなのは、プログラムが演奏者の好みを反映して個性があることです。管楽器のアンサンブル曲が多いことからフランスの20世紀初頭の作品が中心だそうですが、

  ジャン・フランセ「安らぎの時間」
  ジョセフ・カントループ「田舎風」
  ダリユス・ミヨー「ルネ王の暖炉」
  マドレーヌ・ドゥリング「フルート、オーボエ、ピアノのためのトリオ」
  カミーユ・サンサーンス「動物の謝肉祭」

サンサーンス以外は名前すら知りません。しょっぱなから不協和音というのか、オンチにしか聞こえない合奏曲なのですから人を食っています。聞き手にはわかりませんが、演奏が難しい曲もあったそうです。そのように野心や思惑が入り交じるのが面白いのです。私じしんは古い音楽が好きで、なかなか生で聞くことのないオーボエやファゴットの音色も楽しみました。ただ、学生だからと言っては元も子もないでしょうが、ちょっとお行儀がよすぎる?というか、全体にもっと大きな音ではみ出すくらいの勢いがあってもいい気がしました。勝手な感想ですが。Rくんは司会もやり、曲の間には演奏者の解説が入るなど、親しみやすいいい雰囲気でした。

それにしても学生が立派なコンサートホールで自主コンサートを開くなんて、今は普通のことなんでしょうか。美大生がグループ展を開くのとはわけが違うでしょう? なんと恵まれた人達だろうと思いました。

今日はとつぜん冬に後戻りして、夜の多摩センター駅を下りると本当に冷たい風が吹き抜けていました。フード付きの「綿入れ」コートを着てきて正解でした。(2月16日)

2008年7月27日

とつぜん阿波踊り@神楽坂


昨日の夜のこと、たまたまちょっと聞きたいことがあってPさんに電話すると「今日は神楽坂の阿波踊りを見てきた」と言うのです。神楽坂はPさんの地元ですが、阿波踊り? 初耳でした。

東京の阿波踊りといえば高円寺が有名ですけど、実は最初にもちこんだのは神楽坂で、今年は37回目だそうです。毎年恒例の夏のお祭りで、今年は23日24日が「ほうづき市」、25日26日が「阿波踊り」という日程なのですって。私は飯田橋には何度も行きましたが神楽坂という地域は未踏です。Pさんの話をききながら絵が浮かばないのがもどかしく、またそれが楽しそうなものだから、ちょっと行ってみたくなりました。それに買ったばかりの浴衣を着て行けるじゃありませんか。

というわけで、今日の午後は別の予定があり少し迷いましたが、そちらを延期して神楽坂に行くことにしました。私、一人でも平気ですから。

地下鉄の飯田橋駅を下りて、キョロキョロしながら「神楽坂下」「毘沙門天(お寺)」方面に出る階段を上ったら、そこがもう踊りの始まる場所でした。テレビで見た高円寺の阿波踊りは大きな道路を使って整然としていましたが、神楽坂は普通の商店街の通りで、道幅は広尾商店街と変わらないくらいです。(やっぱり広尾のほうが狭いかな。)ですから踊りは道いっぱいだし、人出は多いし、たいへんな賑わいでした。歩道の端には敷物をしいて座りこんだ見物客がずら〜っと並び、その後ろに立ち見が並び、残った部分を人が行き来するのです。商店側ではどこもお店を開けて、多くのお店が屋台を出して食べ物を売っていました。(プロの屋台はいないのでした。)私は立ち止まったり歩いたり、気ままに見物したのですが‥‥‥‥なにしろエライコッチャ、エライコッチャの太鼓とカネの大音響に包まれているのですからね、血が騒ぐというのか、すっかり盛り上がっていました。

前の晩に「もし神楽坂に来たら電話して」とPさんが言ったので、公衆電話を見つけたときに電話をしました。来てよかったと伝え、教えてくれたお礼を言うためです。ところがPさんは商店街まで出て来てくれるといいます。おお、これは2倍楽しくなりそう! (会えるんだったら浴衣を着てくればよかったと後悔しました。出るときが慌ただしくて、着替える時間がなかったのです。)

しばらくしてPさんと合流し、一緒に踊りを楽しみました。私達も踊りたいね、練習やってるよ、なんて。昨日も今日も15の連が踊ります。地元中心ですが他の区や他県からの参加もあり、ほんとに個性さまざまでした。とにかく踊り手達の姿がいいっ。髪をきりっと結って、着物をしゃきっと着て、それだけでも粋で参っちゃいます。踊りもそれぞれの振りがあって、途中で止まって見せ場を作ったり、走るようにテンポが上がったり、急緩の変化にとんでます。また男衆の腰をうんと落とした勢いのある踊りも格好がよく、いや〜「踊りの上手い亭主」なんていうのもいいなあと思いました。(7月26日)


阿波踊りの中心、毘沙門天前は一番の人だかり。すごい。
来年は必ず浴衣で、ほおづき市にも行くぞと心に誓うのでした。
(神楽坂の巻、つづく)

● 神楽坂エリアネットワーク 阿波踊りをはじめ、神楽坂商店街と町の情報満載のサイト

2008年7月4日

ヒップホップも好きだったり

ブログの衣替えは灰色にしてみました。少しは涼しげになりましたか?

YouTube で KENTARO のラップを見つけました。27才ですって。25日からの吉祥寺のライブが楽しみです。1時間踊り続けるそうです。あ、こちらもチケット買っておかなくちゃ。





こういう人にダンスの閃きを与えるような(ミニマル系の)音楽を作れたらいいなあと思います。

● KENTAROのHP

2008年7月1日

芋づる式・音楽生活

写真は後ほど



コンサートへ行くと山ほどビラを渡されます。荷物になるからそのまま捨てて帰る人も多いと思いますが、私は一つ一つ吟味するのが好きです。いいなと思ってもかなり先の話で、その頃になると忘れてるんですが。

今日のビラから興味のわくものを選びました。あさってのコンサートもありました。

ヴィヴァルディ「四季」
 7月3日(木)横浜みなとみらいホール
 演奏 ヴェネツィア室内合奏団&礒絵里子

    ヴィヴァルディ: 四季全曲ほか

オペラシティのコンサートホールでフル・オーケストラを聞いたあと「内楽がいいんじゃないの?」と思ったら、果たしてこんなコンサートをやるそうです。

ベスト・オブ・バロック‥‥‥‥平日の午後に味わう至福の時間
 7月9日(水)/東京オペラシティ・コンサートホール
 演奏 ゲヴァントハウス・バッハ・オーケストラ

    バッハ: G線上のアリア
    アルビノーニ: アダージョ
    パッヘルベル: カノン
    バッハ: ブランデンブルグ協奏曲ほか

ウォッホッホッホ、臆面もなく、ものすごいプログラムですね〜。欲望の限りですね〜。行っちゃおかな♪

N響 ほっとコンサート
 8月3日(日)/NHKホール

    ブリテン: マチネ・ミュジカル
    ボロディン: 歌劇「イーゴリ公」ほか

公演後にビラを配っていたんです。夏休みに家族で行くお子様向けコンサート。端っこの一番安い席なら大人でも千円。なんでも団員がお客をファンファーレでお出迎え、コンサート前と休憩時間にはN響団員が楽器を見せてくれたり、楽器修理のプロが持ち込みの楽器を診断してくれるとか、余興もいろいろあるそうです。なんだか、楽しそう。

風雅頌‥‥‥‥天平楽府と聲明公演
 11月6日(木)東京芸術劇場
 演奏 天平楽府

聲明(声明)は読経のような響きですが、禅問答などを朗詠するというか、そういう感じのものです。先日買った「日本音楽」のCDに入っていて知りました。天平楽府とは正倉院の楽器を復元して演奏するグループだそうです。こういうの、とても興味があります。

2007年12月23日

電子チケット、体験と教訓



忌野清志郎の復活コンサートがあると知ったとき、行かねば!と思いました。一緒に行きたかった友達のMちゃんにメールを打つと、まるで乗り気じゃなくて、「チケットが取れないと思います」とのつれない返事。(たしかに久しぶりに再会したとき、もうあまり聞かないのだと言ってました。)しかし「チケットぴあ」というものを検索して「先行予約」(なにこれ?)というのが受付中でしたから、まだ大丈夫のはずだと主張しました。コンサートの前売り券なんてプレイガイドのカウンタで座席表を見ながら買う時代しか知らず、ネットで買うのは初めてで戸惑いましたが、ともかく試しました。Mちゃんが行かないならヤフオクに出すさと居直って2枚。

まずはぴあに会員登録をしなきゃいけません。それから目的のコンサートの先行予約を申し込むと、締切の日時の後に、枠より多ければ抽選を経てネット上で結果ががわかるというものです。予約できたチケット料金は自動的に引き落としになり、手に入れた人はいくつかの方法で実際のチケットを発券してもらう又はチケットに代わるものをダウンロードして、それを持ってコンサート会場へ行くという段取りです。(そういえば、前に行ったロンドンのライブハウスの予約がそんな感じでした。無数のコンサートがパソコン上で選べて、料金がカード決済で、自分の画面をプリントして持って行きましたっけ。)

たしか11月20日頃が締切で、私の画面を開くと丸印がついていたので、たぶんチケットが取れたのだと理解しました。そのことをMちゃんに告げると、日程上の都合はついたから行けるだろうとのこと。一安心して照会のコード番号などをメモして、そのうちコンビニかチケットぴあのカウンタで現物のチケットを出してもらおうと思いました。なにしろコンサートは来年2月。急いでチケットを手にして紛失したら困る‥‥‥‥なんて思ったのですが。

そして1ヶ月後の今日(21日)チケットぴあに行きました。出てきたチケットは武道館の2階。おっ、2階席ね。しかし時代は変わっていたのです。次の瞬間カウンタのおねえさんが「座席を確認しますか」と昔よく見た八角形の図を広げて指さした所、それはかつて「4階席」と呼んでいた場所でした。「え、え〜〜〜っ!?」と心で叫びました。それを察してか、おねえさんは「チケットが手に入っただけよかったですよ、完売ですから」と慰めてくれました。

経験があるんです、武道館の4階席。四半世紀の昔、キース・ジャレットのソロでした。何月か忘れましたが頃は真冬で、壁に近いような4階席の後ろのほうは空席も多く、少し前の席に移動しましたが、寒いのなんの、外にいるのと同じです。終わってから気づくと、手袋をしていたのに小指が紫色になっていました。「うわーん、凍傷だ。でも、たとえ小指がもげても今日のコンサートは良かったぞ〜」と強がってはみましたが、帰宅するなりお風呂場にぬるま湯とお湯の桶を並べ、交互にひたしならが長い時間をかけて両手を温めたのを思い出しました。

そしていろいろ考えました。たぶん今のコンピュータ式は昔とは違うのです。たぶん「丸印」が出た時点では権利だけで、座席は決まってなかったのだ‥‥‥‥そこにまったく考えが及びませんでした。だから、たぶん「丸印」を見てすぐに発券すればもっといい席だったろう、たぶん自動的にいい席から発券していくのだろう‥‥‥‥せめて一般予約開始前に発券していたら‥‥‥‥しかもこのコンサートは全席一律料金で‥‥‥‥トホホ。もっとも、本心をいえば、私はいいんです。このコンサートは私にとって一つの儀式みたいなもので、その意味では行ければいいんです。しかし、一緒に行ってもらうMちゃんは清志郎の古いお友達です。なんで高いお金(8千円)を払って最後列で(寒いだろうなあ)こごえながら聞かなきゃいけないの??? ああなんてことでしょう。

Mちゃんからの返事のメールはまだない‥‥‥‥

2007年12月21日

番外・サントリーホールの「P席」


「いつでもお誘い歓迎」状態で再びいいことがありました。なぜかいろいろな招待券が手に入る日本美術研究のPさんから2日後のサントリーホールでの「第九」の切符があるとのこと。出演は読売日響、指揮・下野竜也、合唱・新国立劇場合唱団、ソリストが林正子、坂本朱、中鉢聡、宮本益光。私はいろいろな音楽を聞き、クラッシックも好きですが、壮大な交響楽というものは概して苦手です。しかし、ベートーベンの「交響曲第9番、合唱付き」といえば、私、昔、アマチュア合唱団で歌ったことがありますよ。今でもシラーの詩、あやしげに歌えますよ。久しぶりにそんなことを思い出し、ぜひ聞きに行きたいとお返事しました。

20日の夕刻、ホール前で会うなりPさんは悪い席しか取れなかったと言いました。彼女が持っていたのはチケットの引換券で、今日はホールに来るのが遅れていい席が残ってなかったそうです。「オーケストラの後ろ側なの。あとは一番前の席。前のほうがよければ交換してもらう」と済まなそうでしたが、私は後ろ側は初めてで、却って面白いんじゃないかと言いました。

サントリーホールのステージの後ろ側一帯が「P席」です。パイプオルガンの下です。私達の席はその一番前の左よりでした。いつもと違う眺めがこんなに面白いなんて。ステージは自分の真下にあり、なぜか小さく見え、オーボエやコントラバスなど、置いてある楽器からとても近いのが素敵です。ただしすぐ左前方のティンパニに、Pさんは「大きい音は苦手〜」と心配気です。「第九」ならではの合唱隊が立つ台は更に近くにあり(実際に歌手達が並ぶと、身を乗り出せば髪の毛をつかめそうでした)、普通の正面の席は、遥か彼方に小さく見えます。向こうからはこちらがどう見えるのかしらむ、あんな席でお気の毒と思うならスットコドッコイですよ!

やがて演奏が始まりました。静まり返ったホールで、オーケストラの中央から最初の小さな音が生まれるなり、なんて響きがいいのかと思いました。ホールのせい? 位置関係では、まるで真冬の冷たい朝の三宝寺池のほとりに立って、水面にあがる湯気を見るようです。つまりオーケストラが池の中にいるような感じです。普通のコンサートホールの客席では、音が前方からやってきますが、P席では、目の前で音が湧き上がります。それが天井の、段々にふくらんだ丸みいっぱいに響き、その音を浴びているように感じるのです。そんな中で迎える最終楽章は圧巻でした。P席では歌手の顔が見えませんが、指揮者の表情をつぶさに追えるほうが興味深いと思います。一方、確かにティンパニは大きな音でした。しかしもともと思いきり目立つパートですからね。問題はトライアングルで。小さく聞こえるべきものでも真後ろではかなりのもので、耳が‥‥‥‥。また、席が左寄りだと音はどうしても右寄りになります。しかし全体を通して、こんなにゴージャスな音楽は初めてでした。こんど機会があったら、ぜひP席最前列中央を体験したいものです。

さて、演奏者の「読売日響」ですが。(「読響」と「日フィル」のM&Aかと思いましたら、「読売日本交響楽団」で1962年設立だそうです。無知です。)私はろくに聞きもせず日本のオーケストラをなめていました。日本人の交響楽にはどこか「譜面どおり」という印象があり、正しく演奏しているけれど、楽器の音が演奏者の肉体まで共鳴していないような物足りなさや限界、そんな偏見を持っていたのです。しかしこの日の演奏にはそんな所がまったくなく、溢れるような豊かで繊細な音楽を響かせました。そりゃそうかもしれません。私が知り得る数十年の間には世代交代もあり、かつてよりずっと深くヨーロッパの音楽や文化に関われる環境が整った時代の演奏家達なのだろうと思ってみたり。それはたぶん歌手も同じで、とくにソプラノは濃厚で艶があり、いい声でしたし、合唱も人数から想像できないほど迫力がありました。もちろん意地悪を言うなら、「第九」は日本の十八番だからかもしれません。毎年暮れには連日演奏するのですから、そんな曲は他にないし、誰もがどの曲よりも精通しているかもしれません。しかし、とまれ、私は大いに演奏を楽しみ、ベートーベンなんか好きじゃないけど、いずれにせよ、やはり、「第九」は名曲だと思いました。(12月20日)

2007年10月31日

パブリック・サキソフォン




西荻(西荻窪)の「Terra」というライブスポットへパブリック・サキソフォンのライブを聞きに行きました。パブリック・サキソフォンは四人囃子(よにんばやし)の森園さん(ギター)岡井さん(ドラム)の二人と、大西さん(ベース)、石井さん(キーボード)からなるバンドです。初めて行ったのは今年1月で、高校の上級生でミュージシャンのらいおんめりいとOさんと一緒でした。今日は二回目。小さなお店のリラックスした雰囲気の中、すっごい腕の人達が好きな曲だけやっているところに「大人の世界」を感じます。一曲目は(私が大好きだった)Traffic の「Feeling All Right」、一つとんで、私にとっては Blues Project でおなじみの「Walking Blues」、という具合でスタンダードが主です。子供にはちょっと無理かもね、なんちゃって。

岡井さんと森園さんは高校の2年先輩です。当時すでに音楽活動を始めていて、いつも素敵だなあと眺めていたものです、というか、憧れでありました。(岡井さんのお姿を見かけた日には生徒手帳の日記欄にマル印を付け‥‥‥‥木曜日が多かったっけ‥‥‥‥とか。)とはいえ四人囃子のコンサートはごく初期に一度行ったきりで、日本のロックの黄金期を知らないのですから、ファンの資格はありませんね。その点、今日一緒に行った高校の友達のMちゃんと彼女の短大時代のお友達のNさんはあの時代の音楽シーンのインサイダーで、生き証人みたいな人で、岡井さんとも親しい交流がありました。だから彼女達、20年ぶりのご対面とあって、ライブ後は楽しいご歓談とあいなりました。私もご相伴にあずかったというわけです。

実は私達の高校時代とは群ようこさんの小説「都立桃耳高校」です。(とくに上巻では、私もMちゃんと一緒に台詞のないその他大勢のエキストラとして周辺をウロウロしているはずなのです。)そこでは「岡井さん」は主人公の憧れであり、漢文の「本多先生」と並んで何故か本名で登場する2人のうちの一人です。前から興味があったので岡井さんにそのことをきいてみると、「変な感じ」で、「名前だけ使われているような感じ」で、自分のことには思えなかったそうです。へえ〜、そういうもんなんですか。また、当時の岡井さんの家はMちゃんの家の近所でした。ビックリまっ黄色のオシャレな建物だったのですが、とっくに建て直したし、今は別の人が住んでいるそうで、時の流れを感じました。

特記事項は、岡井さんが「50を過ぎて諏訪太鼓を始めた」ということです。ドラムをやってきたから有利かと思ったら勝手がまったく違った等々。他にも和太鼓を始めたミュージシャン(複数)がいて、近々(12月か1月)皆でお師匠さんと和太鼓のライブをやるそうです。私としては少なからず楽しみです。日程は四人囃子のオフィシャルサイトに出ますから、ときどきチェックを入れなければと思います。(10月30日)

四人囃子のオフィシャル・サイト

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