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2013年5月13日

ウィンウッドのお誕生日とドキュメンタリー番組



ゆうべからチャンネル桜の討論番組を見たりこのブログの記事を書いたり、年甲斐もなくネットにかじりついて夜明かししてしまいました。それはともかく。

明け方なんとなくスティーヴ・ウィンウッド関連を検索したら、いつものダラーっと並んだ検索結果に「1948年5月12日生まれ」という文字列が見えたんです。あ、そう......あれれ?それって昨日ではない? おっとイギリスではまだ今日なのだわ!と思いました。

というわけで、心の中で「お誕生日おめでとうございます」と言いましたよ。

大昔から好きなミュージシャンでもお誕生日まで知りません。たまたま当日知るなんで、何やら勝手にご縁を感じてしまいます。今日は久しぶりにCDを聴こうかしらん。なにかいいことがあるかもしれません。そしたら続けて英BBC制作のこんなドキュメンタリーをみつけました。放送は2年前だそうです。

● BBC 4:  Steve Winwood English Soul
● 関連記事



2012年2月3日

ポケットにハモンド



(1年ちょっと前の情報ですが)まるでスティーブ・ウィンウッドのファンのためのソフトですね! 
ス・ゴ・イ・デ・ス・ネ! 
Pocket Organ C3B3 (開発: insideout Ltd.)
でももう iphone、いりませんけどねネ。
iPod Touch ならいいかも?
え、iPadにつなぐとペダルまで入ってる?!

2011年12月1日

明日もコンサート

あれあれ、もう12月1日です。

11月はいろんなことが重なってもの凄く忙しくて、寝る暇も食べる時間もない日が続きました。そんな中で19日にはウィンウッドとクラプトンのコンサートに行きました。そのときのことブログに書く暇もありませんでした。(zazzleのことなど書くのが簡単ですが、ライブとなると大変で、書きかけのままなのです。)他の人達は体験や思いの丈などたくさん書いているのだろうと思いつつ、あっという間に11日が過ぎてしまいました。2日の金曜日に今度は武道館へ聞きに行くのですが、ああもういろんな事がごちゃまぜで、わけがわからない状態です。でもいい時間を過ごせたらと思います。

2011年8月19日

こんな所でお会いするとは......


工事中の石神井公園駅南口を入った正面にウィンウッドとクラプトンの日本公演の大きな広告が出ていてビックリしました。はァ〜? ここは渋谷じゃないんですけど......。これもひとえにクラプトンさんのご威光でしょう。気がついたのは3、4日前ですが、そのときはちょっと写真を撮れなかったので、今日の夜遅くカラオケ帰りに撮影しました。

しかしこんなに大きな広告を出すとは、この町にはECのファンが多いのですか??? それとも片っ端から貼っているだけ? こんなさびれた町でポテトチップかカップラーメンのようにクラプトンを売るのはいいけれど、ウィンウッドを巻き込まないでね......。

2011年6月17日

ウインウッドとクラプトン 2007

Crossroads Guitar Festival 2007 (DVD)



2007年7月にアメリカはシカゴで催されたギターの名人ばかりを集めたコンサート「クロスロード・ギター・フェスティバル」の実況録画です。お昼前から夜まで続くたいへんなお祭りだったようです。(amazonを見るとこのコンサートは2004年とか2010年のライブ盤もありますが、これは「2007」です。)イギリス盤のDVD2枚組を買ったのが16日に届きました。

CDも出ていますが、これはぜったいDVDがいいと思います。第一に(私の場合ですが)、名人ぞろいといっても知らない人が多いので、顔を見ながら聞いたほうがわかりやすいからです。第二に(これが重要ですが)、CDの音だけではわかりえないことが沢山ありました。小さな出来事、ミュージシャン達の表情や仕草や服装などなど。また舞台裏の様子とインタビューもたくさん入っています。

1枚目は司会者の予想外のイントロに始まります(クラプトンは遅刻したんでしょうか?)。60年代には長身で痩せてて病気がちであった白っ子のジョニー・ウインターが、骨と皮みたいな小さな小さなおじいさんになって座って演奏するのとか、ブヨブヨのキングサイズのBBキングが座って演奏するのとか、カントリー系の男女などが登場して、私は最初の Sonny Landreth がいいと思いましたが、私が聞きたいのは勿論2枚目です。

最初が John Mayer というすごく上手い弾き手の、若いもんならではの勢いのあるテク大全開。アルバムを聴いてみたくなるなあと思う暇もあらばこそ、次に「ロス・ロボース!」という紹介と共にやけに場慣れしたおじさんが登場しました。続いて他のおじさん達もゾロゾロと出そろうと、いきなりラテン系の一糸乱れぬ完全な演奏を繰り広げるではありませんか。首がないくらい太っちょなおじさんの切れのよい素晴らしい声、バンドの あまりのノリの良さに夢中で聞き入ってしまいます。Terrific!でございます。するとカメラはなんと舞台の裾に来て聞いているウインウッドの姿をとらえているじゃありませんか! 私も聞く耳を持っているなあと思いました。

Lo Lobos: Mas Y Mas

実はこのYouTubeの動画は上手に編集してあって、演奏も所々のべ2分はしょっています。

顎でリズムを刻みながら Los Lobos を見ているウインウッド。上の動画では切られてます。

その次がジェフ・ベックなのですが、ジェフ・ベックといえば1960年代の、ちょっと膝のすり切れたブルージーンズというイメージがあります。40年近くを経て、同じヘアスタイルに両腕を出した黒のチョッキという変わらないロッカーのいでたちでありました。今でもライブをやっているのかしらと思ってしまう若い人ばかりのドラムとベースとキーボードの四人組です。私はこの人の曲をほとんど聞いたことがないのですが、甲子園のピッチャーみたいに右手が粉で真っ白です。最初ギターを弾く手があまりなめらかではない気がしましたが、しだいに凄いことになっていくのでした。しかし問題はベーシストで、実の娘より若いのじゃないかと思う女の子で、ジャジーなすごい演奏を聞かせるのですが……Tシャツにノーブラで乳首が出てるよお。しかもベースを高く持っているから、やだなあ…… あれ? ブラしてるのかなあ。

そのあとがクラプトンです。ジェフ・ベックはクラプトンの前座ですか? かつては三大ギタリストと呼ばれていたのに。(エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、あと誰でしたっけ。ジミー・ペイジ? クラプトンが「スロー・ハンド」ならベックは「スティール・ハンド」と呼ばれていて、山下洋輔が「物を盗むんですか?」と言って笑わせてくれたものです。今の日本じゃ「ベック」といったら水島ヒロですかネ……?)

クラプトンは別に聞かなくてもいいので4曲とばすとウインウッドが登場します。すごい歓声。そこで私は「なぞの絨毯」を発見しました。後ろ上方から映したときだけわかるのですが、ステージ中央にはなぜかペルシャ風の絨毯が敷いてあります。(DVDの1枚目にはありませんでしたよ。下の写真のとおり、Los Lobosのときもありません。)そしてクラプトンは絨毯の真ん中で弾き、というかクラプトンのマイクがそこにあるのです。ウインウッドは絨毯の外。それって何かすごく変です。何なんでしょう???



二人の演奏は「Presence Of The Lord」から始まります。この1曲のためにウインウッドはあの木の年代物のオルガンを持ってきたのでしょうか。(メインテナンスが大変でしょうね。他の人も弾いていましたが。)最初はクラプトンが歌い、次からはかつてのレコードのとおりウインウッドが歌います。しかし作者であるクラプトンの自己主張なのか、途中から一緒に歌い始めて台無しにしてしまいます。続いて「Can't Find My Way Home」と「Had To Cry Today」です。YouTubeで見られるとおりです。


「Can't Find My Way Home」でギターを弾くウインウッドがクラプトンを窺うのですが(目と目で交信しているのかもしれません)、その表情にびっくりしました。まるで子供の目なのですね。なにかもう感覚だけのウルトラ・ピュア状態で頭が空っぽみたいな感じです。この人にとって音楽とはこういうものなのかと初めて知った気がしました。

そのあとクラプトンはギターを置いてステージを去ってしまい、ウインウッドのソロになります。徐ろに始まるのは「Mr. Fantasy」でした。いかにもウインウッドはトラフィックであり、トラフィックとは Mr. Fantasy なのですね。(80年代にあれだけ全米第1位のヒットを飛ばしていても、そんなのは黄金時代ではなく、そんなのが代表曲であるわけないのです。シンセサイザーの時代にはギターの名曲を作らなかっただけ、とでも?)

Dear Mr. Fantasy play us a tune
Something to make us all happy
Do anything take us out of this gloom
Sing a song, play guitar
Make it snappy

You are the one who can make us all laugh
But doing that you break out in tears
Please don't be sad if it was a straight mind you had
We wouldn't have known you all these years

再びクラプトンが戻ってきて皆で「Crossroads」です。60年代のクリームは大人っぽくてカッコよかった……。ウインウッドとクラプトンが去った後に現れるのはバディー・ガイなるおじさんで、いや〜、これまた凄い。

Buddy Guy: Mary Had A Little Lamb


このおじさんの歌はウインウッドより上手い? ギターはクラプトンより上手い? 私にはわかりません。ただ「さっきまでのは何だったの?」と思いました。こういう人の歌(と演奏)を聞くと、60年代の若いミュージシャン達が何に憧れたのか、努力して努力して大ヒットを飛ばし大スターになり、名声や富を得ても、やっぱり手に入れられなかったのは何か、そういうことを思わずにいられません。彼らは凄い。でも彼らが心の底からやりたかったことに対して、この黒人のおじさんは? まるで事も無げに歌を歌いギターを弾くバディー・ガイ。黒人ブルーズの底力。でも、黒人になれなかったからこそ彼らはロックを作り上げたのでした。思えばウインウッドもクラプトンもロックの歴史そのもの。いや〜このDVD、堪能しました。さいこーっ!

このフェスティバルは舞台のデザインも気が利いています。YouTubeではよくわかりませんでしたが、背景の横縞はネオン管を並べたものです。簡素で昼間も夜もきれいで、舞台裏も同様なんですからしゃれています。ついでにディスクをよく見たら、2枚目の写真はウインウッドとクラプトンのメンバーじゃありませんか(傷だらけのギターとペパーミントにミルクを注いだようなきれいな色のギターです)。へーえ……。(イギリスのアマゾンで「Live From Madison Square Garden」とふたつで31.92ポンドでした。)

(winwood) (traffic) (crossroad guitar festival)

2011年6月13日

トラフィックの1994年


今朝届いたトラフィッックのDVDです。1994年に何度目かの再結成をして全米75ヶ所を回った公演のライブだそうで、各地の演奏を集めてできています。(しかしですね、どうしてしょっぱなから画面いっぱいに星条旗がはためくのか理解に苦しみます。しかも二度。クラプトンの日本公演のDVDを英米でも売り出すときには、まず最初に日の丸ですか……? そこだけが目障りです。)

ウインウッドが70年代末から80年代を通してソロ活動した後の、3度目のトラフィックになるんでしょうか。もうよくわかんないのですが、このときのウインウッドとキャパルディにとっては再結成再々結成というよりも、彼らの音楽活動を貫くライフワークになっていたのかもしれません。お互いに自分のやりたいことをやったらトラフィックに戻ってきて続きをやるような。ここでは60年代の曲は彼らのテーマ曲であり、70年代の曲はスタンダードナンバーであり、さらにそれ以降の新しい曲を加えて、常に新しいコンサートが生まれます。(まるで今のクラプトンはブラインドフェイスでそれをやりたいかのようです。でもウインウッドにとってはやはりトラフィックでしょう。できるものなら。)

舞台前の映像が少し入っていて、楽屋で自分の靴を磨いているウインウッドがカワイイ。そうか、出演前には靴を磨くんですね。自分でね。肝心の演奏はまだ全部聞いていないのですけど……今のところいい感じです。しかしガルシアがゲストのときは会場が屋外で、その夥しい数の観衆にはビーックリしました。

ときにこのDVDは年寄りにはちょっと大変でした。イギリスのamazonで、地域の制限がないこと(all regions)を確認して買ったのに、おまけのディスクがまったく反応しないのです。DVDプレイヤーは真っ黒。両方映らないならともかく、どうして? ア、そうだ、CDと書いてあったっけ。何のことはない、こちらは絵の出るCDで、ファインダーから開けばよいのでした。すると絵が出て、その絵からインターネットにつながる仕組みだったようです。ディスクはCDですが、ネットを介してビデオが見れたのですね。(ただし17年たった現在ではつながりません。インタラクティブであることはカッコよかったり便利だったりしますが、ジャンプ先が終了すれば不完全なディスクになるだけですヨ。それに1994年の通信事情で映像を見るには大変な時間とお金を要したでしょうね!)音楽はプレビュー、QuickTime、iTunes できけました。

おまけのCDには1994年11月にスタジオ録音した 4000 Headmen、John Barleycorn Must Die、Low Sparks Of The High Heeled Boy の3曲が入っています。ウインウッドとキャパルディと二人のアコースティック・バージョンです。ところが John Barleycorn の途中でウインウッドがつかえてしまって、「長いこと歌ってないから入るとこを間違えちゃったよ」とか、ハモりそこねたり、やりとりがあってまた歌い始めるのでした。(映像を見たかったものです。)このときすでにクリス・ウッドは亡く、この10年後にはキャパルディも病死してしまいます。

それでジム・キャパルディが少し気になりました。その続きはまた後日。

2011年6月10日

おかげ様で!

あんなことを書いてしまうとは、なんて「友達甲斐」のない私。(そういえばロックの話などしたことがありませんでしたね。)皆様のおかげで、晴れて横浜アリーナと武道館に行けます! ああ、もう席なんかどこでもいいす。


田舎で野良仕事をするウインウッド
(公式サイトから拝借)
40年前から農業をやっているって本当ですか?

2011年6月7日

ウインウッドの日本公演ですって!?

ウインウッドの懐メロならよく聞いていますし、このブログの右上(温故知新なのじゃ)にYouTubeをずっと出していたくらいですが、先週に限ってあんなにいっぱい書きたくなったのは虫の知らせでしょうか。

ふだんは見ない夕方のテレビをつけていたらビックリです。今年11月にECが(また)日本公演をやる、SWと一緒だというのです。(2007年以来この二人はセットになってしまったんでしょうか。)とりあえずネットを見てみると、音楽ニュースとしては昨日流れたものでした。

● Yahoo ミュージック/音楽ニュース・6月6日付

日本武道館じゃなァ......音は悪いし、お尻は痛いし、帰りに寄るお店がないし、S席といってもどうせ2階か3階の一番後ろだし……などと思いつつ、夜も更けると気になってウドー音楽事務所のチケット先行予約などのぞいてみました。するとプレミアム会員(有料)のチケットは既に販売終了のもよう。アラララ...... それならヒラ会員で登録して、とりあえず横浜と武道館の座席だけは確保しておこうとして、ふと思うに、私の友達でウインウッドに1万2000円を払う人がいましたっけ? ああ、なんて友達甲斐のない人ばかり。この年さげて一人で行くのは少々イタイんですけど。(紀尾井町ホールの支配人ならクラプトンに対して払うでしょうが……)

そりゃあ凄いコンサートになる可能性は高いでしょう。でももともと私はウインウッド一人でいいんですから、クラプトンが一緒でなければこんなことにはならないのじゃないか?……もっと小さくてもっと音の良い椅子も良いホールを使えるのではないか?......などとブツブツ独りごちるのでした。
(winwood)

2011年6月3日

スティーブ・ウインウッド 2



● Steve Winwood: Spanish Dancer

これを作ってYouTubeに投稿した人には感心します。モニター画面で音楽鑑賞するのは、これまた乙なものでございますね!


YouTubeをたくさん見ているとき、芋づる式にこの動画に行きあたりました。

Grestst guitar solo ever
というのが投稿者の付けたタイトルですが、ジョージ・ハリソンのトリビュート・コンサート(2004年)だそうで、While My Guitar Gently Weeps の演奏です。



いやはや凄いものですね。プリンスのギターはどこへ消えてしまったんでしょうね。でも私は途中から後ろでキーボードを弾いているのがウインウッドではないかと気になりました。それで同じステージのもっと写りのよい動画がないかと探すと、そちらには最初からクレジットにSteve Winwoodの名前がありました。見落とさなかった私はエライと感心しましたが、後から見れば誰でもわかりそうなものでした。(尚ここにはジョージ・ハリソンの息子のDhaniが出演していて、多くの人がその生き写しの姿に釘付け状態でしたが、その話は別項で。)

それで、6月2日付の「帰っていたスティーブ・ウインウッド」で埋込んだ Talking Back To The Night の中にあったスナップショット(2:12 〜)が、このコンサートの時のものだとわかりました。( ボーカルをやった Tom Petty、Jeff Lynne と。)それでウインウッドが珍しくペンダントをしているのですが……



あれ? もしかして……? あ、あ、大きくしてみたら、やっぱりトラッフィクのマークでした。ねじれて裏返っていますけど。
トラフィックのマークの正式名称は知りませんが、トラフィックのレコードに必ずついていたマークです。件のビデオの中にもいろいろ出てきました。左はレコードのジャケのデザインとして。写真左下の隅にはドラムに描いています。右はステージの飾り? コンサートのチケットにもありました。


昔は洗濯をするたびに、洗濯機の中で水流がこの形になるのをじーっと眺めていたものです。(2年後の5月10日の注:1970年代ですから全自動洗濯機などない時代です。洗濯中に蓋はふつう開けたままで、洗濯物は丸みをおびた四角い洗濯槽の中をぐるぐる回っていました。)これはケルトのマークだと話すのを、60年代のローリングストーンの記事をまとめた本で読みました。私が「ケルト」という言葉を知った最初でした。でも後にケルトについて調べるようになって知ったことには、ケルトにとって「3」が大事な数であり、3本足などに代表される意匠をとくに「トリスケリオン triskelion」と呼びます。ですからこのマークも本来なら3つに分かれた形であるはずです。でもメンバーが4人だったから「4」の形になったのかしらと想像します。それで、何が言いたいかというと、

このペンダントが欲しい!



1967年、スペンサー・デイビス・グループがフィンランドのテレビに出演したとき、出番を待つ時間の会話が残っています。こういうのを「お宝映像」というのでしょう。皆さんもうもうと喫煙しているのに、今では少なからず驚きます。時代ですね。(日本も30年前はこうでしたけど。)テレビのスタッフに「好きなミュージシャンは?」ときかれてお喋りしているところ。全英ヒットを次々飛ばしている「スター」とは思えない、普通のきれいで物静かな人なんですね。(ちょっと退屈しているのかもしれませんけどね。)フィンランド人が黒人歌手のことをしきりと「negro singer」と言うのも時代を感じます。

Spencer Davis Group, Finland (1967)




その頃のスティービー・ウインウッドがどんな「歌手」であったかというと、なんと映画がありました。

The Spencer Davis Group: Nobody Loves You When You're Down And OUt (1966)



レコードには収録されているカバー曲の一つで、本家をしのぐ本家取り。起きぬけにパジャマ姿で歌う歌とも思えませんが(寝かせてもらえず、起こされて歌ったのかもしれませんが)、1966年制作の「The Ghost GoesTo Gear」という映画の1シーンです。映画だからしっかりメイキャップしています。うますぎのピアノを弾く手が若い! ビートルズの映画が大当たりした後に、人気バンドの映画が次々と作られた中の一つだそうです。(日本でもタイガースの「世界はボクらを待っている」など。)そういう若いファン向けの娯楽映画でしょうから、それなりに軽く考えないとネ。おかげで映像が残っているのですから文句はありません。

この映画は2000年にVHSとDVDで発売されて、イギリスやアメリカに今も少し残っていました。その頃は日本でもCDのスペンサー・デイビス・グループの復刻盤がたくさん出ていたようです。

Steve Winwood as of 2008



還暦を迎えて枯れた声がまたいいっ。(I'm Not Drowing はCDよりこっちのほうがいいと思います。)70年頃の南部の黒人のお爺さんがポーチでブルーズを歌っているみたいな、そういうお爺さんになるのかもしれません。2008年。田舎のコテージのスタジオ。どっかに窓がありましたが、騒音なんかないんでしょう。ここで「セレブなシェフ」がいろんな風味ををバランスよく取り入れて一つのお料理を作りあげるように、いろんなジャンルの音楽を取り入れながら曲を作っているのだそうです。室内のファブリックも素敵でした。2009年のマジソン・スクエア・ガーデンのライブを楽しみしていると話します。(私もDVDの届くのが楽しみです。)そういうわけで、スティーブ・ウインウッドは(いつだったのかはわかりませんが)正しいときに正しい場所へちゃんと帰っていたのでした。迂闊にも何年も知らずにいましたが、残念とは思いません。これから聞けばいいんですから。2008年の「Nine Lives」から、おそるおそる遡ってみようと思います。


(追記:2011年6月7日)
ふだんは見ない夕方のテレビからビックリ・ニュースです。11月に北海道をかわきりに来日公演をやるそうです。東京は武道館だそうです。(クラプトンとセットでなければ音の良い小さい所でできたでしょうか?)

2011年6月2日

帰っていたスティーブ・ウインウッド

Steve Winwood: Talking Back To The Night (1987)

なつかしい写真がいっぱい。じーんときます。



「個人教授」というフランス映画が女の子の間で流行っていました。19才の男の子が年上の美しい既婚婦人に憧れてしまう悲しい恋のお話です。映画の広告はそこらじゅうにあって、主役のルノー・ベルレーがスティービー・ウインウッドにそっくりだと(音楽雑誌の中で)話題になりました。写真を比べると本当に似ていました。年も同じくらいで。だいぶ後で映画を見たら、どこから見てもよく似ていて、物語とウインウッドがこんがらがって困りました。ルノー・ベルレーがハンサムだといわれているから、ウインウッドもハンサムなのだと思いました。

私は中学生で「ミュージックライフ」の熱心な読者で、ウインウッドの記事も毎号読み写真を見ました。でも私の知る限り当時テレビやラジオでトラフィックの曲がかかったことはなく、初めて聞いたのは友達が貸してくれた出たばかりの「Blind Faith」でした。その頃はクリームがカッコよかったからエリック・クラプトンのバンドとして聞きましたが、いい曲ばかりだと思いました。翌年くらいにテレビの「ナウ・タイム」というアメリカのサブカルチャー番組で Hole In My Shoe を聞き、素敵だーと思いました。初めての自分のレコードは1972年で「Paper Sun」です。これは憧れの岡井さんが四人囃子として(たぶん初めて)ステージに立つというので今はなき銀座のヤマハホールに聞きに行ったとき、帰りに貰いました。何故か出口で大きな段ボール箱からお客の一人一人にシングル・レコードをお土産に配っていて、私が貰ったのがトラフィックだったというわけです。(B面は No Name, No Face, No Number。)(たぶん在庫処分で、一緒に行った友達が貰ったのは演歌でした。)そんなぐあいに、いちいちいろんなことを思い出します。

ほんとに好きになったのはそれからで、遅ればせながら1974年からトラフィック、スペンサー・デイビス・グループ、いろいろなセッションのアルバムを集めました。かなり努力して30枚くらいです。

Traffic: Paper Sun (1967)



これがプロモーション・フィルムとはス・ゴ・イ・デ・ス・ネ!(今よりずっと自由ですね。)こういう風変わりなことはジム・キャパルディの趣味でしょうか? 一応みんなで「ペイパサーン......」と口パクしているのに、勝手に何かを取り出して見てますが。70年代にキャパルディは言いました--「キース・エマーソンなんかスティービーの靴の紐も結べないさ。」たしかにキース・エマーソンなんて消えてしまいましたね。そのキャパルディもすでに故人。いつもスカーフをしていたお洒落でキュートなクリス・ウッドも、ほんとに若くして故人となりました。さっさと飛び出たデイブ・メイスンはその後どうしたものやら。

スティービー・ウインウッドの音楽や才能の話などしませんよ。(「太陽をろうそくて照らす」なんてことは。)私はこの人の声も演奏も曲も顔も好きで、さらに清潔感が好きです。この人には清潔感があるんです。男の子っぽくて、「女の子なんか知らないよ」とばかり男の子の仲間どうしで元気いっぱいに駆け回って、ふざけたり遊んだりしているような雰囲気が好きでした。上手く言えないので敢えて逆から言うと、彼の音楽には汚いものを感じないということです。声も顔も、私は彼を「きれい」だと感じ、それは彼が大人になっても変わらなかったと思います。(「きれい」だから好きなのではなく、「きれい」だから生まれる音楽があるのではないかと。ウインウッドの良さには技術とか才能とか努力とか以外にそういう要素があるのじゃないか、そこが胸とか心とか頭に響くのではないかと思えるわけです。妄想ですけどね、妄想。)

私はどーもエリック・クラプトンが苦手です。「レイラ」からだめです。クリームやブラインド・フェイスはカッコよかったし、「オーシャン・ブールバード」のコンサートにも行きましたが。そもそもあまりに大きくなりすぎて、音楽の外でも通用する大スターになってしまうと(音楽以外の話題でCNNなんかに取り上げられる状態)、なんだか人間が濁るような気がします。あるいは濁らされた結果セレブ的大スターになるのかもしれませんが。そして音楽が濁る。紀尾井町ホール支配人が絶賛するからCDを買いましたが、一度聞いたらもう沢山。(もちろん偏見ですけどね、偏見。)

その点ウインウッドは幸いセレブの要件を満たしていないのではないか、そしてある種不器用ではないかと。たとえばドラマ仕立てのビデオクリップで何か演技するとか歌って踊るということが出来ない人だと思います。そんなこと、彼にはする気がないしする必要もないし。(「マジカル・ミステリー・ツアー」の中にいたといいますけどね。)MTVの時代になって艶っぽい挑発的な映像のプロモーションビデオが増えていっても、彼の書く歌にそういう映像は似合わないし、彼にも似合わない。しぜんと清潔なんですよね。連日パーティーのはしごをする時間があれば家でギターを弾いているのではないか----事実がどうであれ、そう感じらることがいいんです。そもそも15才から45年以上プロの世界の第一線にいて、お金、女、薬物、その他のスキャンダルが全くないのは驚くべきことです。(お兄ちゃんのマフがバンド活動を離れた後にレコード会社を設立して音楽業界の重鎮にもなったから、他の人達にくらべて業界の魔物から守られてきたのかもしれません。)私が知らないだけですか?

そのアイランド・レコードがいい会社で……。昔の話ですが、1977年か前の年、ウインウッドが初めてのソロ・アルバムを出すと知ったとき、「日本の音楽雑誌なんかろくに情報がないし、私は全然信用していないんだ、新しいアルバムが出るそうだけど何か教えてください」とアイランドにお手紙を書きました。そしたら、しば〜〜らくして、発売日の直前にエアメイルでLPが届いたんですよ! あの色鉛筆の絵の「Steve Winwood」です。信じられますか??? いい時代でした……。

でもその次の Arc Of The Diver が私の最後のウインウッドになりました。ほんの少しの曲以外、もう夢中になれませんでした。その後MTVで「バレリ〜♪」と歌うのを見たことがありますが、ちょっと勘弁してよと思いました。ウインウッドは大好きだけど、新しいのはもういいと。

Steve Winwood: Night Train (1980)

Arc Of The Diver のアルバムで好きだった Night Train 。ドラム以外全部一人。画質も音も悪いので小さく埋め込みました。



そういうわけでこんなにカッコイイ曲を知りませんでした。こうでなくちゃ!と思います。出だしの2拍が「Paper Sun」にそっくりです。(映像が悪趣味なので小さく埋込みました。)

Steve Winwood; Roll With It (1988)



でも YouTube を見ていくうちにびっくりですよ。私が知らない80年代のウインウッドは、先ほど書き並べた私の思い込みを悉く打ち砕いていたのです。実にMTVの流儀に沿った変容をとげていました。(リンクを付けましたが見てほしいわけではありません。)

ある日突然ギターを置いてハンドマイク! 楽器を持たずに歌う姿を初めて見ました! Finer Thing (1987)
さらにマイクも置いて踊りだすじゃありませんか! そして明らかに音楽とは不釣り合いな、胸を押さえていないと落こってしまいそうな服のお姉さんがクネクネしたり、おなかを出したお姉さん達が髪をふり乱して踊り始めます。Higher Love (1986)
それからとうとう歌うのをやめて歌の雰囲気づくりをします。一人うらぶれて町を歩く男の場面と、(モデルか本当のガールフレンドかわかりませんが)男が恋人と一緒で幸せだった場面を演じます。Back In The High Life Again (1986)
しかも時代は後になりますが、YuTubeには新しいアルバムの発売についてウインウッドにインタビューしたCBSのニュースまでありました。

……あああ、ちょっとそれは違うでしょうと2011年に言っても、それが1980年代というものでした。そして驚いたのは、Wikiでディスコグラフィーを調べると、ちょうどそういうことをやっていた(と思われる)1986年から1990年まで、シングルが毎年全米第1位です。イギリスやドイツでは30位や50位でも。たとえば1988年の Holding On はビルボードの全米アダルト・コンテンポラリー・チャートで1位、メインストリーム・ロック・チャートで2位。でもアメリカ以外(イギリス、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、カナダ)では100位圏外という落差はいったい何なんでしょう。明らかにアメリカ市場に的を絞った戦略の結果ですよね? だから……犯罪をにおわす導入部、娼婦のようなけばけばしい女達、貧しい黒人街の人々、何十年か前のモノクロの……そこを通り過ぎる真っ白なスーツを着た白人男のウインウッド。頻繁に目を射る不快なフラッシュ……なのです。なんとまあウインウッドの音楽に対してお祖末な。だいたいビデオ用の大根役者の群れがウインウッドの音楽をもり立てることができるんですか? (音を消して見れば、どのビデオもどれほど下品で disgusting な映像か誰でもわかりますよ。)こういうのはみんなたちの悪い大衆操作の記号でしょ? ともかく性や暴力や犯罪をちらつかせればアメリカでは売れるということなのでしょう。(アメリカ人の潜在意識は既にそうとうやられていたんですね。)アメリカのミュージシャンよりはましでしょうが、でもああいう醜悪な映像で音楽を汚してほしくありませんでした。

そしてバージンに移籍してからのビデオはセピア色で、さびれた町や廃屋、40年代50年代など過去を連想させる物もの、荒廃して陰気で、そんなのばっかりですか? でもこれ以上見たくないのでおしまい。知らなくていいし、どうでもいいし。

思い出すまでもなく、ウインウッドは最初から時代の音楽を表現してきました。80年代には80年代の音楽を作ったまででしょう。とってもポップなトラフィック、さらにロックなブラインド・フェイスへと展開していったとき、コアなSDGのファンは残念だったに違いありませんから、私が80年代の彼を残念に思っても不思議はないのです。(80年代が一番好きという人ももちろんいるわけですし。)でもその次には、やはり原点に戻るものですね!(これを書き終わったらゆっくり2008年の「Nine Lives」を聞こうと思います。レーベルはコロムビアです。)

クラプトンとウインウッドのコンサートの映像がありました。2007年の「クロスロード・ギター・フェスティバル」というののライブです。クラプトンはいつの間に顎が縮んで爬虫類のユダヤ人のような顔になってしまいました。老け方もウインウッドのほうがいいと思います。とまれ二人が並べばやっぱり凄いから最後に一発。

Steve Winwood, Eric Clapton: Had to Cry Today (2007)



ウインウッドは骨の髄までミュージシャンですねっ! すごーいっ! 演歌でもポップスでも若いときの歌を歌う人は楽なように変えてしまうのが普通ですが、この人は1969年の Blind Faith のときとまったく同じじゃありませんか。ただの1つの音も変えないって……すごすぎ。(だからもう Sea Of Joy を歌わないのかもしれません。残念ですが。)それで、え、なに、二人が同時に弾いている!! すごすぎすぎ……。そして今になれば、Presence Of The Lord (クラプトン作)よりも Had To Cry Today や Can't Find My Way Home (ウインウッド作)のほうが聞きごたえがあるし舞台映えしますね。なんちゃって。最後のハグは……クラプトンはほんとうにスティービーが好きなんだね。

2007年の時点で60年代のスター達は現役としてこれだけのことをする。かつての人気バンドのチャラい再結成やリバイバルがしばしばありますが、60年代の大スター達ほど肝のすわったミュージシャンが後の時代にどれだけいますか? ポップスとは、60年代の人達に始まり、そのまま終わるんでしょうかネ。



「クロスロード・フェスティバル2007」のDVDはアメリカやイギリスのamazonで入手可能ですが、アメリカ盤は2枚組で8時間あり、ウインウッドとのセッションはその一部(39曲中の5曲)に過ぎず、何より地域がアメリカ/カナダ限定です。(TPPに入ったらこの壁はなくなるのですね♡ なんて、その手には乗らないぞ。)そしてその5曲はYouTubeで流れているのですが。しかしアーティストへの敬意として、喜びの対価は支払うべきだと思います。

というわけで夜更けにイギリスのamazonに行って、マーケットプレイスの安い新品を買いました。
ついでに評判のよい2009年の「マジソン・スクエア・ガーデン」も買いました。ブルーレイのほうが音も絵も格段によいという日本盤のレビューがありましたが、うちにはブルーレイの機械がないのでDVDです。
ついでに、なんとスペンサー・デイビス・グループのDVDも残部僅少で出ていたので買いました。当然です!
ついでに……(30年ぶりなのだから、あと4枚くらい、いいでしょう?)

昨日は本を沢山買ってしまったのに、困ったことです。とうぶんおやつを我慢します。


(追記:6月7日) 
本日のビックリ・ニュースです。2011年11月にクラプトンと来日公演をやるそうです。東京は武道館だそうでナニです。せめて2011年11月11日だったらよかったのにね!

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